際学園の
あゆみ

際学園の
あゆみ

学校創立86年の実績が、実践的な職業教育に活かされています

国際短期大学創立者

創立者高木 章

国際短期大学の設置母体である国際学園は、元衆議院議員 故高木章が昭和8年に中野高等無線電信学校を創立したことに始まります。無線通信士の養成は時代のニーズを的確に捉え、日本の繁栄に貢献し、学園の基礎を築きました。その後も、中野電波高等学校、東京測量専門学校、国際学園日本語学校など、さまざまな学校を設立し、職業教育を中心に社会から求められる知識やスキルを踏まえた教育を提供してきました。とくに英語教育については、昭和21年に国際外国語学校を設立して以来、73年の伝統を誇り、最もノウハウの蓄積された教育分野でもあります。
社会がめまぐるしく変化する今日、ビジネス社会における時代のニーズを的確に捉え、国際短期大学は人材育成の高等機関として、さらなる社会の要請に着実に応えていきます。









校舎と教室風景の移り変わり

昭和8年 元衆議院議員 故高木章により本学園の基礎となる中野高等無線電信学校を創立
(民間の無線通信士・無線技術士を養成機関として)
昭和16年  財団法人中野学園(理事長高木章)設立、 中野学園中学校(旧制:校長遠山丙市)設立
昭和18年  軍部の接収により中野高等無線電信学校廃止。 校舎は軍の科学技術兵器学校となる
昭和21年  国際短期大学の前身となる国際外国語学校を設立 (世界の人々とコミュニケーションが図れる教育を志向)
昭和23年  財団法人中野学園を財団法人国際学園に改称 中野学園中学校(旧制)を国際中学校と国際高等学校に変更
昭和25年  国際外国語学校を母体として国際短期大学(英語科:学長高木章)を設立
昭和26年  財団法人国際学園を学校法人国際学園(理事長高木章)に改組、 国際中学校を廃止
中野高等無線電信学校(校長小沢佐重喜、後に大野伴睦)を再開
昭和31年  国際高等学校を中野電波高等学校と改称
昭和37年  国際短期大学に電気通信科を設置
昭和43年  東京測量専門学校(校長岡崎英城、後に高木一明)を設立(国土開発計画が活発となり、測量技術者の養成機関として)
昭和49年 中野電波高等学校を廃止
昭和53年  国際学園日本語学校(校長海野俊介、後に高木一明)を設立(日本の大学へ入学を希望する外国人学生の基礎教育機関として)
昭和54年  中野高等無線電信学校を廃止
平成5年  埼玉県狭山市に狭山総合グラウンド(敷地面積18,800m2)を竣工(200mトラック、ソフトボール場、テニスコート3面及び管理棟)
平成6年 国際短期大学「電気通信科」を「情報通信科」に改称
平成10年 五十周年記念ARENA(体育館)を竣工
国際学園日本語学校を廃止
平成13年 国際短期大学「英語科」を「英語コミュニケーション学科」に改称
国際短期大学「情報通信科」を「情報ネットワーク学科」に改称
平成15年  東京測量専門学校を廃止
平成21年 新本館(鉄筋コンクリート陸屋根3階建、延べ床面積2,690m2)を竣工
平成22年  国際短期大学「国際コミュニケーション学科」の1学科に改組
平成24年  別館学生ホールを竣工
平成25年  運動場(フットサルコート)を竣工
平成30年  学園創立85周年

校舎と教室風景の移り変わり